2015年9月22日火曜日

ゲーテアヌム家具工房における追悼の辞『セルゲイ・O・プロコフィエフ氏のライフワーク』2/3


昨年7月26日に亡くなられたセルゲイ・O・プロコフィエフ氏。その無二の理解者であったペーター・ゼルク氏の追悼文を萩原亮一氏の翻訳で紹介。


精神科学の要求

1973年の夏、ヴォロシンの家で、セルゲイ・O・プロコフィエフは初めてある若い人智学徒―Slava Ivonin―に出会いました。詩のインスピレーションは約3カ月前に止んでおり、それはおそらく、セルゲイ・プロコフィエフが人生の最後の日まで共にありつづけることになった、認識に基づく霊界の強力な把握という、人智学へと道を譲りました。魂の問題と、芸術の問題は一時的に退きました。今や問題は、内的修業によって肉体の感覚から自由な思考を獲得することでした。そしてそれは、諦念を伴うものでした。セルゲイ・O・プロコフィエフはその後、彼の全ての力を精神科学と狭義の調査研究に注ぐために、自ら進んで彼の素晴らしい芸術の才能を脇へ押しやりました。

2015年9月13日日曜日

ゲーテアヌム家具工房における追悼の辞『セルゲイ・O・プロコフィエフ氏のライフワーク』1/3

若き日のセルゲイ・O・プロコフィエフ氏(左)

昨年7月26日に亡くなられたセルゲイ・O・プロコフィエフ氏。その無二の理解者であったペーター・ゼルク氏の追悼文を萩原亮一氏の翻訳で紹介。



親愛なる友人の皆さん、

セルゲイ・O・プロコフィエフは私に彼の葬儀の間に彼の仕事とその意図についての評価を述べてほしいと頼みました。私は彼の望みにこの不完全な描写をもって応じてみようと思います。