2014年8月27日水曜日

浅田豊:シュタイナーのサマリア人講座


第一次世界大戦が始まった8月初め、ドルナッハ、バーゼル近郊が戦場になるかもしれない状況の中でシュタイナーが行ったのは、全く実際的な、応急手当のコースだった。これをやや詳しく見ていきたい。


スイスでは、応急手当のコースは、サマリア人講座と呼ばれている。これは、新約聖書に出てくる、善きサマリア人の話しによっていて、ルカ福音書に、次のように叙述されている。

するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを試みようとして言った、「先生、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。彼に言われた、「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」。彼は答えて言った、「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』とあります」。
 彼に言われた、「あなたの答えは正しい。そのとおり行いなさい。そうすれば、いのちが得られる」。すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った、「では、私の隣り人とはだれのことですか」。イエスが答えて言われた、「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しにしたまま、逃げ去った。するとたまたま、ひとりの祭司がその道を下ってきたが、この人を見ると、向こう側を通って行った。同様に、レビ人もこの場所にさしかかってきたが、彼を見ると向こう側を通って行った。ところが、あるサマリア人が旅をしてこの人のところを通りかかり、彼を見て気の毒に思い、近寄ってきてその傷にオリブ油とぶどう酒とを注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。翌日、デナリ二つを取り出して宿屋の主人に手渡し、『この人を見てやってください。費用がよけいにかかったら、帰りがけに、わたしが支払います』と言った。この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」。彼が言った、「その人に慈悲深い行いをした人です」。そこでイエスは言われた、「あなたも行って同じようにしなさい」。(ルカ福音書10章25—37、日本聖書協会訳による)

第一次世界大戦が始まった8月初め、ドルナッハ、バーゼル近郊が戦場になるかもしれない状況の中でシュタイナーが行ったのは、この全く実際的な、応急手当のコースだった。これをやや詳しく見ていきたい。(注19)

  • 8月13日 講演1 + 包帯コース1
  • 8月14日 講演2
  • 8月15日 講演3 + 包帯コース2
  • 8月16日 講演4 

この、通常「包帯コース」と呼ばれている講座では、次のような場合の応急手当の方法が説明された。

  • 包帯コース1 動脈からの出血、静脈からの出血、頭の怪我、手首の骨折、下腿の骨折、頭蓋骨骨折、鼻の損傷、など
  • 包帯コース2 鎖骨付近の銃創、肋骨骨折、鎖骨骨折、腹部の負傷、人工呼吸、意識がないときの処置、日射病、など

これらの実践的な手当の仕方に加えて、4回の講演では、そのアントロポゾフィーによる背景が説明されている。人間が負傷したときに何が起きているのか、痛み、苦しみの意味、様々な民族のあり方と平和の関係などについて、霊学の立場からの解説が行われた。この内容は理解するのが非常に難しい。人間の現在ある姿をすでに完成されたものと見るのではなく、長い宇宙的な歴史の中で、常に発展していくものととらえているからである。今から2500年前の人類は、現在私たちが持っている魂の能力をすべて持っていた訳ではないが、そのかわり私たちの持っていない能力を持っていた。今から1万5千年—2万年前の人類は、現在の人類とは異なる能力を持っていた。古い過去の人類のあり方が、今日すぐにはわからないのと同じように、遠い将来の人間像、人類のあり方も、今すぐに理解することは困難である。今から5千年後の人類はまた、今日の人類とは非常に異なったものになっているであろう。アントロポゾフィーの考え方によれば、このような過去から未来に続く長い歴史的観点を持って初めて、現在の人間のあり方も理解できる訳である。

人間が傷を負ったとき、そこに自然の治癒力が働き、エーテル体(生命体)の活動がそこに集中する。血が流れ出し、白血球がそこにやって来て、外から人間内部に入り込んでくる異物に対応する。これは、人間の意識がより高く発展するときに働いている力の働きの表現である。この反応は人間の自然の反応であって、人間が意識的にこれを行うものではないし、また、この力は人間が傷を負ったときだけに発揮される。しかしこのような力は将来、人間の意識の力として、(傷がなくとも)人間が自由に発揮できるようになる。実際の応急手当の場合も、このような考えを感じながら行うことが助けになる。

次は、人間の痛み、苦痛の見方である。他人が傷を負って苦しんでいるとき、私はその痛みを直接感じることは無い。勿論同情して、痛みを共有することはあるが、それが直接自分の痛みにはならない。これは個人によって大きな差があるだろう。そしてこれは、人類の発展とともに、変化していく。他人の痛みを自分の痛みとして感じる能力は、霊の力強さの現れである。この能力、この霊の強さがもっともっと発展して一般的な能力になったとき、本当の意味で「人類」が誕生する。「……他人の中に生きている苦しみが私たちを避けず、私たちの中で生き続けること、それが人類にとってだんだんと可能になるために、ゴルゴタの丘の上で、キリストの血がながされた」。(注20)

このゴルゴタの神秘的出来事は、人間にとって決定的に重要な意味を持っているだけでなく、人間より上にある存在、天使、大天使などにとっても大変重要な意味を持っている。各国の民族霊もまた、このキリストの衝動に満たされている。「本当に、私の親愛なる皆さん、人間が民族霊に対して正しい、霊的な関係を持つことができさえすれば、戦争は決して起きないでしょう」。(注21)ある人間とその民族霊との間の正しい関係は、民族霊との間のキリストに満たされた対話と名付けることができる。この対話において、キリストは、この対話を仲介するものである。このような対話が実現されると、各国の民族霊が平和に、調和的に活動していることが体験される。しかし、多くの人間はまだ霊的に民族霊の高みに上っていくことができないし、発展途中で後に取り残された存在たち(ルチファーとアーリマン)がそこに介入してきて、人間とその民族霊との間の関係に混乱をもたらす。戦争のように民族意識、民族主義が高揚する状況で、このような関係を明らかにし見極めることは非常に大切であるが、また同時に非常に困難でもある。以上の三点について、シュタイナーは、気持ちを整え、深化させるためのマントラ(メディテーションの言葉)を与えている。

1914年夏に予定されていたヨハネ館の完成は、戦争勃発により大幅に遅れることになった。しかしこの大戦中、シュタイナーは芸術活動に力を入れ、オイリュトミーの発展、そして、ゲーテのファウストのいくつかのシーンの演出が行われた。また、人間有機体の三分節構造の考えが熟してきて、大戦後には、社会有機体三分節構造の運動が始まる。その一環として、現在まで世界中に広まっているヴァルドルフ学校が、戦後1919年に、シュトゥットガルト で創立される。

(終わり)

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  • 注19 Beiträge zur Rudolf Steiner Gesamtausgabe, Nr. 108, Ostern 1992, Geheimnis der Wunde, Dornach 1992.
  • 注20 Vortrag vom 1. September 1914, GA 157, Dornach 1981, S. 23.
  • 注21 Beiträge zur Rudolf Steiner Gesamtausgabe, a.a.O., S. 23.


著者の後書き
今回の論考を発表するにあたっては、竹下哲生さんに大変お世話になりました。どうも有り難うございました。また、お読みになってくださった方々、本当に有り難うございました。詳しく書けばまだまだ興味深いことがたくさんあるのですが、ここで一応終わりたいと思います。

全く別の話題ですが、スイス空軍は、新しい戦闘機グリーペン22機をスエーデンから購入するために数年前から準備を進め、既に予算もとってありました。しかし今年5月18日の国民投票で、それが、反対53.4%であっさり否決されてしまい、このプランは全く挫折しました。国民の判断が常に正しいものとは限りませんが、国の重要な政策が、一回の国民投票で決定されるのを間接民主主義の国から見ると、やはり迫力があります。「40人の人間だけが、戦争を望んでいた」というシュタイナーの言葉を考え合わせてみると、ほんの僅かの人が望んでいることが実際に起こってしまう社会の仕組みはどうなっているのでしょうか。民主主義、自由主義の国だと思われているところで実際に大変なことが起こっているということを、例えば、堤未果さんの『(株)貧困大国アメリカ』(岩波新書)などの著作が示してくれます。このような社会問題について、シュタイナーが第一次世界大戦後に示した打開策が、社会有機体三分節構造の考え方ですが、これについても、だんだんと紹介していきたいと思っています。


浅田豊(Yutaka Asada)
1952年神奈川県三浦市生まれ。東京でドイツ文学を学ぶ過程でルドルフ・シュタイナーの思想と出会う。1977年ドイツに渡り、シュタイナーの治療教育を学ぶ。1980年よりスイス在住。治療教育を数年間実践したあと、ゲーテアヌム図書館、後に書店に勤務。その間にオイリュトミーとオイリュトミー療法を学ぶ。現在は、チューリッヒ近郊の大人の障がいをもった人たちのホームで、オイリュトミーとオイリュトミー療法を実践する傍ら、ゲーテアヌム書店にも勤務。
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