2014年8月7日木曜日

リューダー・ヤッヘンス医学博士:アトピー性皮膚炎の理解とアントロポゾフィー医療入門 3


通常私たちは専門家でもない限り、あまり深く皮膚について考えることは無い。しかしアントロポゾフィー医療の観点から皮膚について考察する時、これまで私たちが思い描いていた皮膚についての表象とは全く違う深度を持った皮膚理解——人間理解——に導かれる。2014年8月29日—31日にかけて徳島で行なわれる『渦:混沌の創造性』の為に来四されるリューダー・ヤッヘンス医学博士の著書『アトピー性皮膚炎の理解とアントロポゾフィー医療入門』から、「公開講演I アトピー性皮膚炎の理解と病気の治療」を連載でご紹介したい。また8月の一連の講座では、様々な催しが企画されている。こちらも奮ってご参加頂きたい。


<<2を読む

アトピー性皮膚炎の社会的・体質的背景そして発症

それでは先ずアトピー性皮膚炎という皮膚病一般について考えてみたいと思います。私の手元にある統計によると、ドイツでは成人の約3%がアトピー性皮膚炎に悩まされています。子どもに関して私は中央ヨーロッパの統計しか無いのですが、それによると実に二割の子どもがアトピー性皮膚炎を発症しています。私の印象では、この割合は日本に於いてはもっと著しいものだと思います。先日聞いた話によりますと、或る幼稚園では実に半数近くの子どもがアトピー性皮膚炎を含む何らかのアレルギー症状に悩まされているそうですから。

このようにアトピー性皮膚炎が一般的なものとなった、或いは何処にでも見出されるほどまでに“珍しくない病気”になったのは、第二次世界大戦以降のことです。第二次大戦以降の僅か数十年の期間で、就学児童に於けるアトピー性皮膚炎の発症数は二倍から三倍に増加しました。ところが地球全体を見渡してみると、こうした現象が見られるのはごく一部の地域に限られているのです。例えば私は十年ほど前にルーマニアを訪問したことがあるのですが——そこはドイツと同じヨーロッパであるにも拘らず——アトピー性皮膚炎は非常に稀な病気でした。皆様もご存じのように、ルーマニアは冷戦時代に数十年の長きに亘ってソビエト連邦の社会主義を模範として、計画経済が営まれていました。競争原理による圧迫と重圧が強い自由経済の営まれている西側の先進工業諸国に比べて、ルーマニアを始めとする東側の世界に住む人々の生活には余裕があり、規則的な均斉があり、そしてストレスが少ないと言えます。そして、正にこのような社会に住む人々に於いて、アトピー性皮膚炎は殆ど見出されないのです。

次にアトピー性皮膚炎の本質に迫るために、今度は観察の対象を社会全体ではなく一個人、即ちアトピー性皮膚炎を発症し易い傾向を持った人の皮膚の特徴について述べてみたいと思います。混乱が無いように確認しておくならば、これから描写する人はアトピー性皮膚炎を発症してはいません。ですから、この人の皮膚は現時点では未だ「健康な状態」にあるのです。

一般に、アトピー性皮膚炎を発症する人の皮膚は、最初から生命力に乏しいと言えます。詰まり、皮膚を築き上げる「素材の力」が極端に弱いのです。こうした内的な特性は、例えば常に肌が乾燥気味であるとか、或いは張りや艶が無いといった現象として目で見ることが出来ます。このような生命力に乏しい皮膚は「粉吹き芋のような」と形容され(註4)、表面に細かい粉末を散らしたようになっていることもあります。

このように、組織を構成する素材の力が弱い一方で、こうした人の肌は——神経感覚組織の活発な頭部を個性的に形作っているのと同じ——形成力、形態の力が強く働いています。ですから、この「形づくる力」が強く作用するために、その人の皮膚には多くの皺が出来ます。このような皺は、老化に於いて見られるそれとは異なり、全身に隈なく見出されるものではなく、寧ろ体の特定の部位に集中しています。その代表的な例が目の下に見られる皺です。アトピー性皮膚炎を発症する傾向を持った人は、この「下眼瞼」と呼ばれる部位に一本ないしは二本の皺を持っていることが多いのです。参考のために申しておきますと、この皺は非常に繊細なものなので、自分で触って確認することは出来ません。ですから鏡を使って自分で確認するか、或いは誰かに見て貰うのが良いでしょう。また、このような「強い形成力の結果として現れる皺」は唇にも見出すことが出来ます。アトピー性皮膚炎を発症する傾向を持った人の唇には多くの皺が刻まれており、冬には非常に乾燥します。また手の平には通常よりも深い皺が多く刻まれていますので、そういった人の手相は普通の人のものよりも遥かに読み易いということになります。

また、こうした人の神経は常に緊張し、「張り詰めている」ために、汗をかき始める時に痒みを感じます。そして——生命力の欠如により——只でさえ少ない脂肪分が、入浴などで洗い流されたときには、肌の痒みを感じます。或いはこのような実験をすることも出来ます。皆様、一度自分の指の爪でお腹の皮膚を軽く引っ掻いてみて下さい。アトピー性皮膚炎の傾向を持った敏感な肌は、特に力を入れなくても爪で白い線を描くことが出来ます。この現象は、皮膚に於いて過敏になった神経活動が僅かな刺激に対して過剰に反応することで血管が収縮し、肌から血の気が失せることで起きているのです。

以上のような観察を要約すると、アトピー性皮膚炎の傾向を持った人は:「代謝系の活動が弱く、神経感覚系の活動が強い」ということが出来ます。但し、以上の様な特徴づけは「こうした傾向を持った人は必ずなる」とか、「こういった傾向を持っていない人は絶対にならない」ということを主張することが目的ではありません。そうではなく、ここでは飽くまでも——こうした典型的で分り易い例を通して——アトピー性皮膚炎の本質を理解しようと試みているのです。残念ながらこの場で紹介することは出来ませんが、皮膚科医が診療に於いて実際に目にする患者の事態は、ここまでに述べた典型的で特徴的な描写よりも遙かに込み入っています。ですから最終的な皮膚病の治療には、矢張り必ず皮膚科医の力が必要なのです。

さて、こうした「傾向」を持った人が、今度は実際にアトピー性皮膚炎を発症する過程を見てみたいと思います。

特に成人に於いては、何らかの強いストレスを体験した後にアトピー性皮膚炎を発症するという症例(ケース)が最も典型的なものであると言えます。具体的に言うならば、会社勤めの人が同僚の休暇などによって仕事の量が急激に増加した場合などが考えられます。そして人生というのは往々にして残酷なもので、忙しくなった時に限って奥さんが病気になり、会社での仕事に加えて家庭での仕事も増えたりするのです。仕事から疲れて帰ってくると奥さんの看病をして、終わったと思ったら今度は息子が難しい数学の宿題を手伝ってくれと申し出て来ます。そして余り得意でもない数学の宿題を何とか終わらせたと思って床に就くと、今度はすぐに寝入ることが出来ないのです。寝付きが悪かったので、充分に休んだ感覚も殆ど無いのですが、朝が来たので仕方なく起き上がり、それから重たい体を引き摺って何時もよりも遙かに多い仕事が待っている会社に向かう、という生活が暫く続きます。

興味深いことに、このような強いストレスに晒されている間は、その人に於いて病気の兆候を見出すことは出来ません。その人の肌は、外的に観察する限り至って健康であるかに見えます。そして、アトピー性皮膚炎の症状というのは、週末や休暇になると初めて顕れるのです。これは非常に奇妙な現象ではないでしょうか。非常に強いストレスを受けて、最も苦しい時に発病するのであればまだしも、アトピー性皮膚炎は何らかの強いストレスを受けた後、詰まり丁度休んでいる最中に表に出てくるのです。

こうした現象は、以下のように説明することが出来ます。強いストレスを体験している間、人間は膨大な神経の力を必要としています。何故なら強いストレスを受けているときの人間は、多くの事柄に対して神経を使って素早く反応し、また複雑な事柄について考えなければならないからです。そして、そのとき体の中では組織を分解したり解体したりする神経の過程が強められ、組織を築き上げる代謝の機能が弱められているのです。しかし、このような均衡を失った状態にあっても、外的に見る限り人間は健康であるかに見えるのです。

アトピー性皮膚炎の症状は、神経とは反対の性質を持つ血液が肌の中に押し迫って来たときに現われます。ここで重要なことは、血液は皮膚に問題を巻き起こすために遣って来るのではない、ということです。体を築き上げる代謝の役割を担った血液は、神経の過剰な働きによって分解された組織、解体された組織を治療する為に遣って来るのです。血液の力は、これまで過度に活動してきた神経の力に立ち代ろうとします。ところが今度は——それまでの反動で——血液の作用の方が然るべき尺度を超えてしまうのです。詰まり、神経組織の活動に対抗する血液が皮膚に於いて過剰に活動し始めることで、発疹が生じるのです。


————————————————
  • 4 直訳すると、ここでは「細かく碾いた塩を塗した様な」という表現が使われている。ここで敢えて「塩」という言葉を用いたのは、中世の錬金術に由来する塩sal、水銀mercurius、硫黄sulphurという三原理が念頭に有るとヤッヘンス氏は後日述べている。本書の中で明確ではないが、アトピー性皮膚炎自体が塩原理と密接に関わっていることは関連性の中で明らかである。

リューダー・ヤッヘンス医学博士(皮膚科医)
1951年ドイツ・ブレーメン生まれ。キールとゲッティンゲンの大学で医学を専攻し、卒業後、1984年から皮膚科医師としての活動を開始。1992年に南ドイツ・アルゴイ地方のシュティーフェンホーフェンにクリストフォールス診療所を設立。1993年からアントロポゾフィー皮膚科学会を主宰。スイス・アーレムハイムの癌専門病院ルーカス・クリニックでの医学ゼミナールやドイツ・シュトゥットゥガルト近郊の総合病院フィルダー・クリニック、そしてWELEDAWALAといった製薬会社などにおいて、ヤッヘンス氏は指導的立場にあり、診療所が休診である週末の殆どが、各地での講演やゼミナールで埋め尽くされている。地元ヴァンゲンのアントロポゾフィー協会では精神科学自由大学の分野などで重要な課題を担っている。
このエントリーをはてなブックマークに追加
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

0 件のコメント :

コメントを投稿