2014年7月18日金曜日

浅田豊:第一次世界大戦勃発前後のルドルフ・シュタイナー ⅔

Grigorii Efimovich Rasputin (1914-1916)

政治家の演説を聴いていると「貧困反対」という表現が時々出て来るが、そもそも「貧困賛成」の人が果たして居るのだろうか。同様に「戦争反対」に反対する人が、極めて少数派であることは間違い無い。そして大多数の人間が「戦争を望んでいる」訳では無いにも関らず、この世界に戦争が絶えないという事実の、その「背景」に浅田氏が迫る。


(1/3)を読む

サライェヴォ事件から戦争がついに始まるまでの一か月間は、7月危機と呼ばれている。オーストリア=ハンガリー君主国は7月23日の夕方、セルビア政府に対して厳しい最後通牒を突きつけ、48時間以内に受諾するように求めた。セルビア政府の回答を不充分とみなしたオーストリアは、7月28日にセルビアに対して宣戦を布告する。この一地域の戦争としてはじまったものが、さまざまな同盟関係、協商関係によって瞬く間に大戦争に展開していった。ロシア軍隊の総動員に刺激されたドイツが8月1日にロシアに宣戦、3日にはフランスに対しても宣戦、これに対してイギリスは、8月4日にドイツに対して、12日にはオーストリアに対して宣戦している。日本がドイツに対して宣戦するのは、8月23日のことである。

ところで。——ルドルフ・シュタイナーがノルシェーピングで『キリストと人間の魂』という連続講演を始めた7月12日のこと、遥か彼方のシベリアで、ある事件が起こった。西シベリアの町チュメニの東80キロほどにあるポクロフスコエという故郷の村に帰って静養していたラスプーチンが襲撃され、腹を刺されて重傷を負ったのだ(ロシアのユリウス暦では6月29日だが、煩わしいので、通常の西暦で統一する)。ラスプーチンは、20世紀の初めに、ロシア皇帝夫妻の信頼を獲得して大きな影響を及ぼした怪人物、怪僧として有名だ。1869年に生まれたラスプーチンは、1903年にペテルブルクに向かう。皇太子の血友病の改善に力を発揮したラスプーチンは、皇帝ニコライ2世および、特に皇后の強い帰依を受けた。ある種の見霊能力と治癒力を持っていたらしいが、同時に身持ちの悪さと放蕩生活の噂が絶えなかった。しかしロシア民衆の声として、ラスプーチンはロシアの参戦には絶対反対であった。7月12日に重傷を負ったラスプーチンは、すぐに自宅で手術を受け、7月16日から8月末まで、チュメニの病院に入院していた。病院からラスプーチンは皇帝に宛てて20通ほどの電報を送り、参戦することを厳しく戒めている。「私がもしペテルブルクにいたならば、戦争はおこらなかっただろう」とラスプーチンは後に語ったと伝えられている。(注8)しかし皇帝自身は、ラスプーチンが政治問題に介入することにいらだちを覚えていた。ところで、シュタイナーはラスプーチンをどのように見ていたか。ゲーテアヌムの色ガラスを制作したことで知られるロシアの芸術家、アッシア・ツルゲーネフの言葉に耳を傾けよう。彼女の祖父ニコライは、有名な小説家イワン・ツルゲーネフの従兄弟であった。

「(シュタイナー)『——ラスプーチンは直接意志に働きかけた。これは許されない。しかし、人々はそれを望んでいる。彼はまさに、放縦な人間、ラスプーチン(ロシア語で、道なき者、常軌を逸した者)である。彼について言われていることはすべて正しいが、それにも関わらず、彼は「神を見る者」だ。これは、秘儀参入のある一段階を示すオカルトの用語だ。彼を通してのみ、霊的世界、つまりロシアの民族霊は、今ロシアにおいて、働きかけることができる。他の者を通してでは不可能である』。この言葉は私の中に、決して消えさることが無いぐらいにはっきりと刻み込まれました。——この数日後私は、古いロシアの衣装をまとって、壮麗に安置された死者の夢を見ました。その顔は、野卑な官能性と、キリスト的な輝きに満ちた精神性の間を交替していました。その翌々日、ラスプーチンが殺されたことを私たちは知ったのです」。(注9)ラスプーチンが殺されたのは、1916年12月30日未明のことである。

ラスプーチンのように、霊界からの啓示に従って直接政治的判断を行おうとするのは、人間精神の現代性に逆行するものである。政治的決断は、人間の健康な理性的判断によって行われるべきものである。シュタイナーは1920年2月14日の講演で次のように語っている。「ロシアの皇帝とロシアの皇后が政治的行動において、ラスプーチンの内的な体験を利用したことに対して、人々は当然のことながら恐れを抱いた。何故なら、霊界からの啓示は、霊的な生活の中にのみ働きかけて良いものであって、国家生活の中に働きかけてはいけないのである。国家の営みの中には、霊的な啓示を通して私たちの健康な理性となったものだけが働きかけて良いのである。ところで、ラスプーチンは、啓示にまでは到達したが、健康な理性には至らなかった」。(注10)

ルドルフ・シュタイナーはノルシェーピングからの帰途、ハンブルクを経由し、さらにベルリンに数日滞在したあと、おそらく7月24日にドルナッハに帰って来た。その間にも、ヨハネ館(当時はまだゲーテアヌムと呼ばれていなかったので、本稿でも当時の呼び名を使っておく)の建築は続けられていた。

世界大戦勃発時の状況について、シュタイナーは、驚くべき発見をしている。アストラル界において戦争が起こるような兆候は以前から感じられたが、それは、人間の持つ「恐れ」という力によって押しとどめられていた。この「恐れ」が「勇気」へと変わった過程をシュタイナーは次のように描写している。「そのとき死の扉をくぐっていったこの魂(皇太子フランツ・フェルディナント)において特別に示されたのは、この魂がいわば中心となって、すべての恐れの要素がそこに集中し始めたことである。そしてこの魂の中に、ある宇宙的な勢力が見られた。ところで私たちは、物質界である特別の性格を持っているものは、霊界において、その全く逆の性格を持っていることを知っている。この場合もそうだった。最初は戦争を霧散させるように働いたものが、今やその逆に働き、いわば、勇気をかきたて、鼓舞するように働いたのだ」。(注11)「恐れの力が、今や勇気の、そして大胆さの力になったことを私が知ったのは、(1914年)7月20日のことだった」。(注12)7月20日とは、大統領ポアンカレが乗った軍艦ラ・フランス号が、ペテルブルクに入港した日だ。

物質界の出来事は、その背後にある霊界の出来事を理解して初めて明らかになる。シュタイナーのこのような報告を読むとき、それを人間の健全な思考で理解することが大事だと思う。超感覚的な世界が見えても、理解できなければあまり意味が無い。見えなくても、むしろそれを理解することが、現代人には重要だと思う。

戦争はいよいよ起こるのか?——7月危機はドルナッハの人々に、そしてシュタイナーにも重くのしかかっていた。この時期のシュタイナーについて、アッシア・ツルゲーネフは次のように回想している。「大変な重荷がドルナッハにのしかかっていました。予感することはできたかもしれないが、数ヶ月前には全く狂気の沙汰と思われ、そして起きてはいけないと思われたこと、つまりこのヨーロッパの戦争が今や目前に迫っており、もはや避けられないように見えました。それに対して何ができたでしょうか。しかし、私たちはこの時期に私たちの課題をゆるがせにしたかもしれないのです。シュタイナー博士が『やはり戦争になるだろう、——恐ろしいことになるだろう』という簡単な言葉を語りかけながら、私たち一人一人の間をまわって歩いている姿を、何度見たことでしょう。彼は、何かを待っているように見えました。そしてその時の彼の姿は見るに忍びなかったのです。『はい、博士、戦争になるようです』そうすると彼は、がっかりしたように立ち去っていきました。戦争が勃発したとき彼は、『40人の人間だけが、戦争を望んでいた。そして、戦争を望んでいなかった人が、少なすぎたのだ』と語りました」。(注13)

(続く)

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  • 注8 Markus Osterrieder: Welt im Umbruch, Stuttgart 2014, S. 689.
  • 注9 Assja Turgenieff: Erinnerungen an Rudolf Steiner, Stuttgart, 3. Auflage 1993, S. 87.
  • 注10 Vortrag vom 14. Februar 1920, GA 196, Dornach, 2. Auflage 1992, S. 224f.
  • 注11 Vortrag vom 19. Januar 1915, GA 157, Dornach, 3. Auflage 1981, S. 104. Vgl. auch den Vortrag vom 31. Oktober 1914 in diesem Band, S. 48.
  • 注12 Vortrag vom 30. September 1914, GA 174b, Dornach 1974, S. 22.
  • 注13 Assja Turgenieff, a.a.O., S. 61.


浅田豊(Yutaka Asada)
1952年神奈川県三浦市生まれ。東京でドイツ文学を学ぶ過程でルドルフ・シュタイナーの思想と出会う。1977年ドイツに渡り、シュタイナーの治療教育を学ぶ。1980年よりスイス在住。治療教育を数年間実践したあと、ゲーテアヌム図書館、後に書店に勤務。その間にオイリュトミーとオイリュトミー療法を学ぶ。現在は、チューリッヒ近郊の大人の障がいをもった人たちのホームで、オイリュトミーとオイリュトミー療法を実践する傍ら、ゲーテアヌム書店にも勤務。
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