2014年7月31日木曜日

リューダー・ヤッヘンス医学博士:アトピー性皮膚炎の理解とアントロポゾフィー医療入門 1


通常私たちは専門家でもない限り、あまり深く皮膚について考えることは無い。しかしアントロポゾフィー医療の観点から皮膚について考察する時、これまで私たちが思い描いていた皮膚についての表象とは全く違う深度を持った皮膚理解——人間理解——に導かれる。2014年8月29日—31日にかけて徳島で行なわれる『渦:混沌の創造性』の為に来四されるリューダー・ヤッヘンス医学博士の著書『アトピー性皮膚炎の理解とアントロポゾフィー医療入門』から、「公開講演I アトピー性皮膚炎の理解と病気の治療」を連載でご紹介したい。また8月の一連の講座では、様々な催しが企画されている。こちらも奮ってご参加頂きたい。



公開講演I
アトピー性皮膚炎の理解と病気の治療
2009.8.19(高知)23(松山)

ご来場の皆様。今日我々が「医学」と言う場合、それは現代的な西洋医学を指すのですが、この医学は自然科学に基づいています。自然科学というのは人間も含まれる自然界、つまり我々が感覚によって捉えることの出来る世界を把握するための学問なのですが、この自然科学もまた、或る方法論に基づいています。それは端的に表現するならば:「複雑なものごとを単純にして考える」というものです。

こういった自然科学の探究方法に於いて、人間とは一体どんな存在なのでしょうか。人間を自然界との関係性の中で観察してみると、人間は動物と同様に目や耳などの感覚器官を持って周囲の事物を観察し、それに基づいた行動をとります。或いは動物もまた、人間と同様に心臓や肺や脳などの内臓組織を有していますので、「人間は動物の一種である」と理解することが出来ます。ですから自然科学を基礎とした医学は、まず人間を動物に単純化しようとするのです。そして例えば人間の体に有効な薬剤の研究をするに当たって、マウスなどの動物を実験に用いるのには、こうした考え方が背景にあるのです。

こうして我々は自然科学的な手法を以って、人間という複雑な存在を動物という存在に単純化することに成功しました。ところが動物という存在もまた、充分に複雑なものです。ですから「複雑な動物」としての人間もまた、更に把握可能な存在へと単純化されなければならないのです。こうして動物は「単に生命を持った存在」へと単純化されます。生命を持った存在は外界から素材を取り入れて自らの種の法則に従って成長し、生殖によってこの成長の原理を次の世代へと受け継ぎます(遺伝)。このように命を持った存在でありながら、動物のように感覚器官を持って外界を知覚しない存在を、我々は通常「植物」と呼びます。こうして我々は、動物を植物へと単純化して考えることに成功しました。

さて、この植物的な存在を、或いは「生命」というものを我々はどのようにして理解しているのでしょうか。現代の自然科学は、こうした生命の本質に関する問題に於いて、明確な結論に至ろうとしています。それは、生命の本質を微小で複雑な物質の特性によって解明しようという考え方です。この地球上に生きる生命は——基本的に全て——細胞という「最小単位」から成り立っています。この細胞は、既に肉眼で見ることが出来ないほど小さなものなのですが、その細胞の中には細胞の核と呼ばれるものが有り、更にその中にはDNAと呼ばれる非常に微細で複雑な物質構造が有ります。そして、このDNAという極小の物質の構造が遺伝情報であり、即ちそれがその生物全体の在り方を規定する「設計図」なのだ、というのが今日の自然科学に於ける生命の理解なのです。

確かに生命存在を構成する物質の構造は非常に複雑なものです。ですから遺伝子の総体たるゲノムを完全に「解読する」為には膨大な労力と時間を要し、この複雑な物質の構造の全てを我々が見通すことが出来ないが故に、恰も「そこに命が存在するかの様に思える」のです。実際、存在するのは「生命」ではなく「複雑な構造の物質」だけなのです。物質のみから成り立っており、複雑な振る舞いを見せる存在を我々は日常的に「機械」と呼びます。ですから現代的な自然科学に於いて「命を持った存在が生きている」ということは、取りも直さず有機的な物質によって構成されている「機械が作動している」ということなのです。

これまでの話を整理するなら自然科学的な方法論に於ける人間とは詰まり「複雑な動物」であり、動物とは「複雑な植物」なのです。そして植物とは、或いは生命の本質とは即ち複雑な物質の運動なのですから、植物とは「複雑な物質」なのです。但し、この複雑な物質は機械のように全体の中で部分が機能するように構成されているので、様々な——恰も生きているような——振る舞いを見せるのです。こうして人間に始まった自然科学的な探求は、全く生命をもたない物質的な世界、換言するならば鉱物的な領域にまで下りてきました。そして、この領域は物理的・化学的な法則によって理解することが出来ます。化学的な物質は、他の物質に対して特定の割合で結びつき、この割合は常に一定です。物理的な世界では明確な原因と結果の関係性を見出すことが出来るので、原因を解明すれば未来に起こる結果を予測することが出来るのです。こうして我々は、確かな立脚点を得ました。


近代的な方法論の限界とアントロポゾフィーの役割

最初は極めて複雑で把握が困難であった人間という存在を、まずは動物に単純化し、更に植物へ、そして更に鉱物的な領域へと単純化することで、ようやく我々は人間を思考力によって理解することが出来るのです。何故ならば、命を持たない鉱物的な領域というのは厳格な物理的な法則が支配する領域であり、明確な「原因と結果のある領域」、即ち因果律の支配する領域だからです。そして、ここに於いて我々は初めて「理解出来るところまで単純化した現象」を元に、再び最初に見られた——本来の——複雑な存在へと還元することが出来るのです(註1)。

さて、このように複雑な全体に始まり、それを細かく分けてゆくことで最終的に把握可能な状態にまで単純化し、そして、その把握可能な「部分」から「全体」を再構成するという自然科学的な方法論は、近代の西洋医学に於いて目覚ましい進歩と発展を見せています。例えば現代医学では細菌やバクテリア、ウィルスといった極小の生命について非常に厳密な研究をしています。或いは、こうした存在から人体を守る免疫機能や、それに伴うアレルギーに関する研究も有ります。詰まり、そこでは常に把握可能な「部分」が重視され、それ故に個々の研究分野は気の遠くなるほど多岐に細分化されており、そして全ての分野に於いて非常に精緻で、詳細な研究が為されているのです。

例えば私の専門である皮膚科に於いても、皮膚病に関する極めて厳密なデータが集められ、そして整理されて体系化されています。ですから例えば日本に住んでいらっしゃる皆様の内の誰かが、皮膚の症状を事細かに電話で知らせるだけで、ドイツの診療所に居る私がその方の皮膚の問題について正確に知ることも出来るのです。医療に於いてこのようなことが可能なのは、正に自然科学的な手法による医学の発展の成果であると言えます。

しかし、こうして近年目覚ましい発展を遂げてきた現代的な西洋医学に基づく医療にも“影の側面”があります。これまで述べてきたように、全てを細分化して単純化するという西洋医学の方法論によって我々は、細部に関する極めて正確な知識を得ることが出来た一方で、本来はひとつの不可分な「全体」であるはずの人間を、包括的に捉える眼差しを失ってしまったのではないでしょうか。人体を、或いは人間全体を把握しようと始まったはずの医学でしたが、最後に手元に残ったのは細分化された人間の断片だけなのです。そこでは、「人間そのもの」が外へと追い出されてしまったのではないでしょうか。

特に西洋医学の皮膚科に於いては、皮膚という組織が人間存在全体から切り離されている、という傾向を顕著に見ることが出来ます。ですから、皮膚病と内臓疾患との関係性は殆ど顧みられていないのです。そこでは専ら、目に見える疾患部分のみに処置が施される、という治療が行われています。或いは、これまでに述べてきた「自然科学的な手法」をとる医学の手法に於いては、皮膚病とその患者の人格との関係性や、皮膚病とその患者が辿って来た「人生の歩み」との関連性を把握することは殆ど不可能であると言えます。

そして、こういった状況にある医学に新たな可能性を開いてくれるのが、これからお話しするアントロポゾフィーなのです。この聞き慣れない言葉は、前世紀の初頭にドイツを中心とするヨーロッパで活躍したルドルフ・シュタイナーという哲学者に由来します。「アントロポス」というのはギリシャ語で人間、「ソフィア」というのは同じく叡智という意味ですので、アントロポゾフィーとは併せて「人間の叡智」ということになります。そして、この言葉がシュタイナー自身の思想を指すのです。

アントロポゾフィーの人間学は、既述の自然科学的な考察から生じる、「複雑な物質構造の総体」とは全く異なる人間像を与えてくれます。そこに於いて人間は、「命を持った体の中に個性を持った魂が生きている存在」として理解されるのです。そこで把握される人間というのは、独自の起源があり、考えがあり、そして人生の歩みを持っています。そこでは複雑な人体が全体として把握され、様々な内臓が例えば皮膚の疾患部分に対して、どのような関係にあるのかということが考慮されるのです。

以上のような背景を踏まえて、我々は先ずアントロポゾフィーの人間学に於ける基本的な考えを理解して、更に皮膚という具体的な組織へと進み、最後に——今日の本題である——アトピー性皮膚炎の理解、そして治療へと移っていきたいと思います。

>>2を読む

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  1. このように、好奇心に満ちた男の子が時計を分解することで「ゼンマイの動力が歯車によって伝えられ、針を動かす」という機械式時計の構造を理解した後に、再び元の時計へと組み上げていくように、自然界に見られる複雑な現象を単純化することで把握可能なものにした後で、再び元のあるべき姿へと戻すことで実態の把握を試みる自然科学的な手法のことを「還元主義」と呼ぶ。こうした考え方は近代哲学の祖たるフランスの思想家ルネ・デカルト(1596-1650)に由来し、近代的な自然科学の方法論の根幹を成している。還元主義的な思考は「A(複雑な対象)はB(単純な対象)に過ぎない」という常套句によって表現される。

リューダー・ヤッヘンス医学博士(皮膚科医)
1951年ドイツ・ブレーメン生まれ。キールとゲッティンゲンの大学で医学を専攻し、卒業後、1984年から皮膚科医師としての活動を開始。1992年に南ドイツ・アルゴイ地方のシュティーフェンホーフェンにクリストフォールス診療所を設立。1993年からアントロポゾフィー皮膚科学会を主宰。スイス・アーレムハイムの癌専門病院ルーカス・クリニックでの医学ゼミナールやドイツ・シュトゥットゥガルト近郊の総合病院フィルダー・クリニック、そしてWELEDAWALAといった製薬会社などにおいて、ヤッヘンス氏は指導的立場にあり、診療所が休診である週末の殆どが、各地での講演やゼミナールで埋め尽くされている。地元ヴァンゲンのアントロポゾフィー協会では精神科学自由大学の分野などで重要な課題を担っている。


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