
習慣的思考から脱却し、記憶力を育て、思いつきをよくする、などの練習方法が具体的に述べられている。シュタイナー思想に関心のある人はもちろん、直接の関心はなくとも、自らの基本能力を育てたいと思う人なら、かならずヒントが見つかるはずであろう。精神世界を認識しようとする道が、本講演の内容のような、非常にまっとうで地道な作業から始まることに驚く人もいるかもしれない。またそれに、ある種の安心感を覚える人もいるであろう。
訳者

● アントロポゾフィーは役に立たないか
● 思考習慣と実践的思考
さて、自称実際家は、自分こそが実際的な原則にしたがっていると思い込んでいます。けれどもよく見ますと、いわゆる《実際的な思考》の多くは、教え込まれた判断や思考習慣にすぎず、前例を踏襲するだけで、思考の名には値しません。実際家の思考をきちんと客観的に観察し吟味してみますと、本当に実際的と呼べるのはほんのわずかで、ほとんどが学習によって得られたものであることがわかります。つまり、指導者の考え、創始者の考えのままにしたがっているのです。そしてそれとは異なる考えを、自分が教え込まれたことと一致しないがゆえに非実際的と見なすのです。
切手の発明
ところで実際家ではない人々が、本当に実際的な事柄を考案しています。たとえば今日の切手です。切手は郵便の実務家が考案したと思われがちです。しかしそうではないのです。19世紀の初めまで、手紙を出すには煩雑な手続きが必要でした。手紙を出そうとすると、まず特定の場所へ行き、冊子をいろいろ調べ面倒な手続きをして、それでやっと出せるのでした。今日、当たり前となった切手による統一郵便料金というのは、まだ出来てから60年も経っていません。その切手の考案者は郵便事業の実際家ではなく、それとは無縁の英国人ヒルでした。
さて、切手が考案された時、当時のイギリスの郵政担当大臣は次のように言いました。「第一に、こんな簡素化をしても、非実際家のヒルが言うほど流通量が増えるとは思えないし、第二に、仮にそうなったらロンドン郵便局の建物ではその流通量をまかないきれなくなるだろう」。しかしこの偉大な実際家は、流通量を建物に合わせるのではなく、建物を流通量に合わせる必要があることがまったく思い浮かびませんでした。当時は、一人の〈非実際家〉が〈実際家〉と闘わなねばならなかったのです。ところが、切手を利用した郵便制度は予想もしなかったほど短期間に軌道に乗ったのです。現在では、手紙に切手を貼って出すのは全く当たり前です。
さて、自称実際家は、自分こそが実際的な原則にしたがっていると思い込んでいます。けれどもよく見ますと、いわゆる《実際的な思考》の多くは、教え込まれた判断や思考習慣にすぎず、前例を踏襲するだけで、思考の名には値しません。実際家の思考をきちんと客観的に観察し吟味してみますと、本当に実際的と呼べるのはほんのわずかで、ほとんどが学習によって得られたものであることがわかります。つまり、指導者の考え、創始者の考えのままにしたがっているのです。そしてそれとは異なる考えを、自分が教え込まれたことと一致しないがゆえに非実際的と見なすのです。
切手の発明
ところで実際家ではない人々が、本当に実際的な事柄を考案しています。たとえば今日の切手です。切手は郵便の実務家が考案したと思われがちです。しかしそうではないのです。19世紀の初めまで、手紙を出すには煩雑な手続きが必要でした。手紙を出そうとすると、まず特定の場所へ行き、冊子をいろいろ調べ面倒な手続きをして、それでやっと出せるのでした。今日、当たり前となった切手による統一郵便料金というのは、まだ出来てから60年も経っていません。その切手の考案者は郵便事業の実際家ではなく、それとは無縁の英国人ヒルでした。
さて、切手が考案された時、当時のイギリスの郵政担当大臣は次のように言いました。「第一に、こんな簡素化をしても、非実際家のヒルが言うほど流通量が増えるとは思えないし、第二に、仮にそうなったらロンドン郵便局の建物ではその流通量をまかないきれなくなるだろう」。しかしこの偉大な実際家は、流通量を建物に合わせるのではなく、建物を流通量に合わせる必要があることがまったく思い浮かびませんでした。当時は、一人の〈非実際家〉が〈実際家〉と闘わなねばならなかったのです。ところが、切手を利用した郵便制度は予想もしなかったほど短期間に軌道に乗ったのです。現在では、手紙に切手を貼って出すのは全く当たり前です。
鉄道での例
鉄道でも似たような事がありました。1835年、ドイツで初めてニュルンベルク・フュルト間に鉄道敷設が検討された際に、諮問を受けたバイエルン医学会は次のような意見書を提出しました。「鉄道敷設は、これ適切とは言いがたく、あえて実施されるにあれば、少なくとも線路両側に高き塀を施し、付近を通行する者に神経障害、脳しんとうなど及ぼさぬよう防御のこと、これ当然なり」。また、ポツダム・ベルリン線が敷設されるにあたって、郵政大臣ナグラーはこう言いました。「私はポツダム行き郵便車を日に2台出しておるが、これはガラガラだ。どぶに捨てる金があるなら、鉄道を敷きゃあいい」。
人生の現実とは、自らを実際家と認ずる人の想像をはるかに越えています。教え込まれた単なる思考習慣に基づくだけの判断と、本当の思考とを区別しなければならないのです。……
鉄道でも似たような事がありました。1835年、ドイツで初めてニュルンベルク・フュルト間に鉄道敷設が検討された際に、諮問を受けたバイエルン医学会は次のような意見書を提出しました。「鉄道敷設は、これ適切とは言いがたく、あえて実施されるにあれば、少なくとも線路両側に高き塀を施し、付近を通行する者に神経障害、脳しんとうなど及ぼさぬよう防御のこと、これ当然なり」。また、ポツダム・ベルリン線が敷設されるにあたって、郵政大臣ナグラーはこう言いました。「私はポツダム行き郵便車を日に2台出しておるが、これはガラガラだ。どぶに捨てる金があるなら、鉄道を敷きゃあいい」。
人生の現実とは、自らを実際家と認ずる人の想像をはるかに越えています。教え込まれた単なる思考習慣に基づくだけの判断と、本当の思考とを区別しなければならないのです。……
※この記事は電子版『思考を実践的に育てる』のサンプルです。続きを読むには電子版を購入してご覧下さい。





著者・訳者

ルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner)
哲学博士 1861年旧オーストリア帝国(現クロアチア)クラルイェヴェクに生まれる 1925年スイス・ドルナッハにて死去 ウィーン工科大学で、自然科学・数学・哲学を学ぶ 1891年ロストック大学にて哲学の博士号を取得 ゲーテ自身は明文化しなかった認識論を『ゲーテ的世界観の認識論要綱』としてまとめ、処女作として25歳の時に出版した 後にシュタイナーは、その後40年間、一貫してその方法論を貫いたと述べている ゲーテ研究家・著述家・文芸雑誌編集者として、世紀末のウィーン、ワイマール、ベルリンで活躍した
森章吾(もりしょうご)
1953年東京生まれ 1978年東京大学農学部農業生物学科卒業 1978年より千葉県立高校、生物科教諭(7年間) 1989年シュツットガルト、シュタイナー教育教員養成・高学年教員クラス修了 1992年ドルナッハ、自然科学研究コース修了 2006年より京田辺シュタイナー学校で自然科学エポック講師 2011年より藤野シュタイナー学園高等部で数学エポック講師 2013年より北海道いずみの学校高等部で自然科学エポック講師
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