2013年7月10日水曜日

SAKS-BOOKSから『日本の民族運命と今後の課題』の電子書籍ヴァージョンを発売


今回の電子書籍発売にあわせ、『日本の民族運命と今後の課題』のまえがき部分と第一章——突然の大災害——を、web転載記事と共にご紹介出来る運びとなりました。本電子書籍は2013年1月に発売された『日本の民族運命と今後の課題』を底本としており、電子版にあわせ、3.11東日本大震災から約3週間後の宮城県女川町の惨状を撮影した(撮影:Yuta Kuwahara)写真数点を追加収録しています。本記事へのweb転載を快く快諾して下さった訳者の吉田和彦氏にお礼を申し上げ、ご紹介としたいと思います。

著:ミヒャエル・デーブス|Michael Debus
訳:吉田和彦|Kazuhiko Yoshida
もくじ
突然の大震災、アスラの作用、33×2=66、民族の運命と個人の運命、火の地層と人間の道徳性、道徳性の写しとして存在するアーリマン、自然災害で亡くなった人のカルマ、時代の運命、「中心点の意識」、「外周囲的な意識」、「エーテルの海」で起こる洪水、物質主義・利己主義が呼び起こすもの、世界人類の墓場を準備するアスラ、全く新しい第5のエーテル、他

(※記事として立ち読み可能なのは太字部分です。本もくじは電子ヴァージョンから引用。)

まえがき
この小冊子は、東日本大震災発生から1年目に当たった2012年3月11日(日)、スイス・バーセル近郊ドルナッハに建つゲーテアヌムにて執り行われた追悼式典【大津波の後に鳩がもたらすものは?】に於けるミヒャエル・デーブス氏(キリスト者共同体司祭・在シュトゥットゥガルト)の講演録をミュンヘン在住の音楽家・吉田和彦氏が翻訳したものである。

式典はヨーロッパ時間の朝8時、1年前のちょうどその頃東日本沿岸各地が津波に飲まれていた時間から始まり、午前の追悼式では黙祷を捧げた後に、オイリュトミー(ゲーテアヌム・ビューネ)、小講演(ミヒャエラ・グレックラー)、朗誦(ミリアム・へーゲ)などが催され、最後にはゲーテアヌム主任園芸師ベンノ・オッター氏の立会いの下、参列者による桜の祈念植樹がゲーテアヌム南の丘で行われ、惑星音階に調律されたグロッケンシュピールの音が響き渡る中、厳かに式は終わった。

その午後に、ここに収められたミヒャエル・デーブス氏による講演が行われ、そこでは3部から成るこの講演の始めと終わり、そして各部の間に挟む形で、武満徹の4つのピアノ曲がミュンヘン・アレフ・アンサンブルのオイリュトミーによって公演され、講演と芸術の融合が参加者に深い感銘を与え、その想いが日本へ届くことを祈ったという。

講演ではルチファーやアーリマン、そしてアスラといった日常生活ではあまり考えもしない存在について幾度となく記述されているが、初めてそれを耳にする人でも、この講演録を繰り返し読んで頂ければ、説明無しで、そうした存在の概要が浮き上がってくるのではないかという願いをこめて、この小冊子をお届けしたい。

四国アントロポゾフィー・クライス出版部
Ⅰ.突然の大災害
東日本大震災からちょうど1年が経った今日、数量で表わそうとしてもそれが不可能な個人の運命について考えてみたいと思います。

多くの人たちが、思いもしなかった突然の、理解し難い特殊な運命によって天に召されました。それは黙示録を思わせるかのような恐ろしい状況に因って引き起こされ、人々はその運命の波に飲まれ流されてしまったのです。まるで、物質的な考え方が蔓延する世界にあって人の個人的尊厳が否定されてしまっている今日の状況を映し出したような光景でした。どうでもよい物体の様に人間が押し流されてしまったのです。このように人間が無意味な物であるかのように思わざるを得ない空しい感情を、今回の災害で受けた身震いする様な印象のまず始めに挙げることが出来ます。そればかりではなく、人間が築き上げた文化や産業技術でさえも突然「無意味」なものとなってしまったのです。陸に打ち上げられた船舶、おもちゃのようにプカプカ浮かぶ自動車……。一体人間とは何なのか? 運命に打ち砕かれた人間文明の成果とは何なのか?

このような災害、特に地震災害について、ルドルフ・シュタイナーは「そうした自然災害が起きる際、そこには恍惚とした歓喜に酔いしれ満足そうな面相をしながら大地の底から湧き上がるアーリマンの力が働いている」(1)と語っています。アーリマンは人間に「おまえは無意味な物」であると囁くのです。


アスラの作用

今回の災害ではしかし、このいとも簡単に流されてしまう無意味な物体としての人間とは対照的な人間、つまり地球の破滅をも可能とする、人類の限界を超えた力を操る人間も浮かび上がりました。こうした人間を通して悪の力が作用し、ルチファーとアーリマンの作用によって発達してきた領域を越えてしまうことが出来るのです。こうなると人間は無意味な物体ではなく、偉大な魔術師と化し、世界を根底から変化させ破壊してしまうことが出来ます。オカルトの世界ではこれを「黒魔術」(2)と呼び、そこではアスラが顔を覗かせているのですが、それはルチファーやアーリマンとは質の異なる存在なのです。

ルチファーとアーリマンは人間の発達を阻止する力として誘惑的に作用を及ぼしますが、同時に人間の内面ではその作用を克服する精神力を修練することが求められていきます。アスラの場合には誘惑的な力としてではなく、人間と地球を否定する力として存在しています。ですからそれに対して人は異なった対処をしなければなりません。つまり克服する力を強めて対決するのではなく、まず阻止する……ということなのです。アスラは文明の退廃や滅亡の際にその力を作用させてきました。技術的領域や被覆物質体の内奥の領域では「恐ろしい壊滅力」がアスラによって作用するとシュタイナーは述べていますが(3)、すなわちこれは放射能の力と結びつけて考察しなければならないことなのです。

今日人間が破壊の魔術師として存在することは不意の出来事ではありません。感覚的なものが人間によって超感覚的な世界にもたらされることが必要だったので、その為に人間が一度完全に自由な状態に置かれなければならなかったことは、宇宙進化の過程に於いて人類の萌芽が始まった時から図られたことだったのです。宇宙の未来は、全く新しい力が感覚界で働いて、それに拠って本質的なものが発展出来るかどうかにかかっていますが、この新しい力こそ「自由の精神」、つまり人間自身なのです(4)。しかし自由を発達させていくことは破滅させる可能性を持つことにもつながってしまいました。一体この先どの力が支配的になるのかという、答えのない疑問が生じる訳ですが、自由な判断による決定は予測出来ないというのがその自由そのものの特徴ですから、答えは出ません。


33×2=66

今回の震災は広島の悲劇から66年後、つまり33年を2倍にした年に起こったということは既に皆さんも御存知の通りです。その広島で、人間にとって全く悲惨であり文化をも壊滅にもたらす、あの「恐ろしい破滅力」が歴史上初めてその姿をあらわにしたのです。それ以来広島は、人類にとって象徴の地となり、そこでまた世界の人々の心は日本民族と結びついています。当時、死の境界へと引き裂かれた数えきれぬ魂が、広島という地球上の一都市を、国を越えた警告の地へと変えました。

それから66年を経た今日、同じ民族に再び「恐ろしい破滅力」を伴った惨劇が襲いかかりました。この、単なる繰り返しではなく、33年という周期が繰り返された時間に起きた事実であるということを理解しようとするならば、精神的に研ぎ澄まされた意識が必要となります。

今回福島で拡散してしまった「恐ろしい破滅力」は、広島の時とは異なり、破滅力が未だ目には見えていません。この破滅力が直接の原因で誰かが死んだということは現時点では発表されていません。今回人々を死の境界へと引き裂いたのはとりあえず自然の力による災害であり、機器でしか確認出来ず、時間を経てから致死的な作用を及ぼし、今は目には見えないながらも少しずつ充満している「恐ろしい破滅力」ではありません。1年前のこの原子力災害に於ける被害について、私たちはまだ想像することしか出来ません。それが広島原爆の時との違いです。

こうした考察を通してここで又一つの問いが生まれます。それは一体誰が犠牲者で、誰が加害責任者なのかということです。66年前は被害者と加害責任者がそれぞれ地上の離れた場所で暮らす異なった民族でした。被害者と加害責任者は全くの対極関係にありました。今回は違います。被害者も加害責任者も同民族です。これを考えた時、広島原爆の時の責任的立場にあった欧米的なもの、そして加害責任者を原爆投下決定に至らしめたその欧米諸国に作用していた力が日本に今、根を下ろしたのではないかと、そんな感情が芽生える訳です。

ここでは確かに欧米の思考的実体が露呈しています。精神的に見て、東洋がルチファーの力の影響を強く受けているように、欧米ではアーリマンの力がエゴイズムや物質主義に作用しています。このアーリマン存在の事実が福島原発事故の背後に隠れています。広島が単なる日本の一都市にとどまらず人類のシンボルとなったように、福島も、アーリマンの作用によってもたらされるエゴイズムや物質主義によって真っ暗になってしまっている人間の意識がこれを機会にようやく目覚めるようにとの警告を発する地として、日本を越えて人類のシンボルとなることでしょう。

広島原爆から66年後、その同じ国で歴史上ののろしとも言えるような福島の放射能事故を考えた時、ではこれからの33年間、被覆物質体の内奥に潜みアスラの悪と結びつくこの「恐ろしい破滅力」に対して、私たち人間がどのように適切な関係を築き上げていかなければならないのかという問いが生じます。或いは更に33年が巡るかもしれませんが、その時までにはこの力との関係が明らかにされていなければなりません。その使命を果たすために日本民族が中心的な役割を果たすことになると思います。それは何故でしょう?
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  1. ルドルフ・シュタイナー全集236巻 1924年6月29日
  2. 世界を(良い方向へ)変えることのできる自由な力による「白魔術」とは反対の……
  3. このようにルドルフ・シュタイナーは1911年10月1日のバーゼルに於ける講演で述べています。(ルドルフ・シュタイナー全集130巻)これと似たかたちで、ルチファーの力は電気と、そしてアーリマンの力は磁力と結びついています。
  4. ルドルフ・シュタイナー全集10巻『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』より「生と死」の章 

著者・訳者
ミヒャエル・デーブス (Michael Debus)
1943年シュトゥットゥガルト生まれ 数学・物理・哲学を専攻した後、キリスト者共同体司祭養成ゼミナールで神学を学び1969年に司祭に就任 1978年から2007年迄同ゼミナール指導責任者を務め、ヨーロッパはもとより海外でも多くの講演活動を行う 神学、アントロポゾフィー、現代史をテーマとした著作や記事の執筆を多数手掛け、シュトゥットゥガルト・アントロポゾフィー協会の中心メンバーの一人でもある これまでに三度来日しており、東京を始め九州、四国、関西など日本各地で講演をしている

吉田 和彦 (よしだかずひこ)
1960 年東京・中野生まれ 国立音楽大学ピアノ科卒業後、ミュンヘン・オイリュ トミー協会の招聘により 1984 年渡独 以後ドイツはもとよりヨーロッパ各地に おいて演奏のみならず作曲・教育・講演等の分野で活動 仕事の傍ら 6 年間に 渡りクラウス・シルデ教授に師事 2006 年ドイツ国籍取得 現在ゲーテアヌム 朗誦・音楽部門やキリスト者共同体・儀式音楽委員会などの中心メンバーとし て活躍 四国アントロポゾフィー・クライスでは創立前より助言者として協力 している

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