2013年6月16日日曜日

シュタイナー教育の不思議その2——ドイツの現場から

Photograph by Patrick Wilken








文:吉田和彦
Text : Kazuhiko Yoshida

ミュンヘン西シュタイナー学校があるグレーベンツェルという地は豊かな自然に囲まれた人口およそ2万人の小さな町である。ミュンヘン中央駅から電車で8つ目のグレーベンツェル駅を降りるとその前には整備された町役場広場があり、噴水から水が流れるその広場を取り囲むようにして公民館や図書館、そして町のカトリック教会とその事務・セミナー・催し物などに使用されている会館が建ち並んでいる。その聖ヨハネ教会礼拝堂で昨日・金曜日の19時半から同シュタイナー学校生徒によるオーケストラ及び合唱のコンサートが行われた。無論、年中を通して様々なコンサートが学校ホールでも催されるのだが、ここ数年来この時期になると学校の敷居を越えて教会でコンサートを行う。生徒が真摯に音楽に取り組むこの催しが教会や地元の人々に厚く歓迎されているからである。


グレーベンツェルの教会コンサート

ミュンヘン西シュタイナー学校の生徒たちは、通常の音楽授業に加えオーケストラか合唱の授業を選択して受けることになっており、それが中学年グループ(5年生から8年生)と高学年グループ(9年生から12年生)に分かれて行われる。今まで私はそれらの授業とは関係がなかったのだが、高学年合唱男声部のパート練習を担当していた教師が健康上の理由でこれを続けることが出来なくなり、今年の2月からこの課題が私に任せられることになった。というのも本来ピアニストであるこの私は小学校から中学校時代にかけて現FM東京少年合唱団の前身であるビクター少年合唱隊というところに在籍していた為、今でも歌うことが得意であり、ミュンヘンの小さな混声合唱団や他のシュタイナー学校のプロジェクト授業に於ける指導経験があることを学校関係者が知っていたからである。私が担当すべき生徒たちはオイリュトミーの時間などで顔見知りの者が多かったのでその点気は楽であったが、いくら心が健康なシュタイナー学校の生徒と言えども15歳から18歳という年頃の男子が素直に歌ってくれるのだろうか?……という、そんな心配も存在した。しかし実際に授業を始めてみると皆んなけっこうしっかり歌ってくれるのでホッと息をつぐと同時に、毎月曜日午前中に行われるこの授業、とりわけ男声部のパート練習が私にとっては殊の外楽しみな仕事のひとつとなった。こうした事情を通して今回初めて、私はグレーベンツェルのこの教会コンサートに関わることとなった訳である。

今回のコンサートでは諸事情により中学年オーケストラの参加が不可能となってしまったが、それ以外の中学年合唱、高学年オーケストラそして高学年合唱がそれぞれ30分前後のプログラムを組み素晴らしい演奏を披露した。但し高学年合唱について述べるならば「コンサートの当日になって突然素晴らしくなった!」と言った方が正確であろう。白黒のフォーマルな衣服に身を包み人前に立つと突然人格が変ったかの様にプロ的な意識を発揮して、それまでうまく出来なかったことをも成し遂げてしまう高学年生徒を目の当たりにして、「最後には何とかなってしまうシュタイナー学校の生徒」という周知の事実を再び認識させられたのである。(同筆者による2012年12月12日のコラムを参照)コンサートのクライマックスは高学年オーケストラと合唱によるヘンデル作曲メサイアからの『こうして主の栄光が現れ……』の合同演奏であったが、教会の特殊な音響効果にも助けられ、100人を超す生徒の歌声とそれを支える管弦楽の音は頑丈な建物を揺さぶるかの如く響き渡り、満員の聴衆に大きな感動を与えてコンサートの幕が閉じられたのであった。


「どうしてもピアノで試験を受けたい」という想い

ところで、その聴衆の中には大学入学資格取得試験を終えたばかりで清々しい顔をした13年生も多く混ざっていた。その中の一人ラッヘル は11年生の時まで私の知り合いでもある元ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の奏者にヴァイオリンのレッスンを受けていたのだが、12年生になって何を血迷ったのか突然私のところに来て「ヴァイオリンはやめてピアノの実技で大学入学資格取得試験を受けたい」と言ってきたのだ。それまで正式なピアノのレッスンを受けたこともなく、趣味程度にしか演奏出来ないのにも拘わらずにである。詳細な事に関してはほじくり反さなかったが、どうやらヴァイオリン教師との間に於ける音楽的な信頼関係に問題が生じたようだった。私自身も既に14歳の時に似たような経験をしているので事情を理解することは難しくなかった。というのも某音楽大学の講師にピアノレッスンを受けていた当時の或る日、私は自宅で練習をしている最中に「キリスト思想の理解無しにヨーロッパ音楽の演奏をすることは不可能だ」という啓示めいた感情に駆られ、やれここはフォルテだ/ピアノだ……だとか、やれここはもっと速く弾けだとか、メロディーを歌うように弾けだのリズムをはっきりさせろだの、レッスンに於けるそうした表面的な注釈が音楽の本質からはまだ程遠いものに過ぎないことに気付き、師に対する音楽的信頼を失ってしまった経験を持つからだ。それにしてもラッヘルの場合、ずっと学んできたヴァイオリンを捨ててピアノで何とかしたい……というのはたいした度胸だと思った。

大学入学資格取得試験の選択科目として音楽がとれるのはさすがドイツだが、その場合、理論と実技の両方の試験を受けることになる。実技に於いては自由曲の他に、試験の2ヶ月前に発表される3曲の課題曲から、自由曲とは時代様式の異なる曲をひとつ選択して演奏しなければならない。更にそこに初見演奏の試験が加わる。つまり3曲演奏しなければならない訳だが、例えばラッヘルの場合には3曲の課題曲の中からショパンの遺作のノクターンホ短調を選び、それを2ヶ月で暗譜して完成度の高い演奏をしなければならなかった訳だから、試験は決して簡単ではない。しかし「どうしてもピアノで試験を受けたい」というラッヘルの想いには熱いものがあったし、幸いにも試験までまだ1年半の時間があった。又オイリュトミーも上手で音楽のセンスがあることは判っていたので、「それじゃあチャレンジしてみようか!」ということになり、その1年半の大学入学資格取得試験・受験準備期間の間、ラッヘルは他科目の勉強と並行してピアノの練習に励み私のもとでレッスンを重ねてきたのであった。ピアノの実技試験は今年の4月に既に終わっていて本人はそれなりの手応えを感じていたようだが、結果は他科目と同時にこの6月に発表されたばかりであった。昨日コンサートが終わってからラッヘルはニコニコ顔で「ピアノの実技は15点満点中12点で無事合格した」と私に報告してくれた。またもやシュタイナー学校生徒の底力を見せつけられた思いだった。


お互いの特徴を活かし、人間存在の尊厳というものを学んでゆく

さて最後にもうひとつ話を付け加えたいと思う。
教会コンサートには2年前に学校を卒業したフーベルトも来ていた。昨年12月12日の私のコラムに登場したラウレンツとアンドレアスの同級生である。在学中から彼には進学することが自分に合った道ではないことが解っていた。そして調理師になるべくレストランに弟子入りする道を選んだが、その選択が間違ってはいなかったことを元気な彼の姿と笑顔が証明してくれた。ここで改めてシュタイナー学校の素晴らしさに感嘆せざるを得ない。というのも、シュタイナー学校とは決して英才教育を目指す進学校ではないという事実である。医学部に進学する者もオックスフォード大学に留学する者も、そして進学はせずに職業に就く者も、誰もが同じ環境の中で平等にひとりの人間として隣人と手を取り合いながら生きてゆくことを学んでゆく場なのである。思考と感情と意志が偏り無く育まれ、ひとりひとりの生徒がそれぞれの個性にふさわしく学んでいく課程を通してお互いの特徴を活かすことの可能な集団としてのクラスが形成され、その集団生活に於けるコミュニケーションを通して他人の中に自分を、そして自分の中に他人を見い出し、人間存在の尊厳というものを学んでゆける場なのである。だからであろうか、今まで私はシュタイナー学校に於けるイジメという問題を耳にしたことがない。様々な問題を抱えた現代社会に於いて、このことは大きな喜びであると同時に驚きでもあるのだ。

2013年6月15日記

吉田和彦(音楽家 在ミュンヘン)
1960年東京・中野生まれ 国立音楽大学ピアノ科を優秀な成績で卒業後、ミュンヘン・オイリュトミー協会の招聘により1984年渡独 以後ドイツはもとよりヨーロッパ各地において演奏のみならず作曲・教育・講演等の分野で活動 仕事の傍ら6年間に渡りクラウス・シルデ教授に師事 2006年ドイツ国籍取得 現在ゲーテアヌム朗誦・音楽部門やキリスト者共同体・儀式音楽委員会などの中心メンバーとして活躍 四国アントロポゾフィー・クライスでは創立前より助言者として協力している
__

関連した記事
シュタイナー教育の不思議——ドイツの現場から
このエントリーをはてなブックマークに追加
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

0 件のコメント :

コメントを投稿