2013年5月29日水曜日

光と色の空間/ジェームズ・タレル作品展

Photo by Florian Holzherr (2009)
文:吉田恵美
Text : Emi Yoshida

現代美術の巨匠ジェームズ・タレル(James Turrell 1943 ― )。その作品は、日本でも新潟、金沢、香川、熊本に展示されそこで鑑賞することができます。2010年から11年にかけてドイツとスェーデンで大規模なシュタイナー特別展覧会が催された折に、それと平行して彼の作品展覧会も同じ場所で開催されました。

フォルクスワ-ゲンの本社がある北部ドイツの工業都市・ヴォルフスブルク。サッカー・ファンにとっては日本代表キャプテンの長谷部選手が所属するクラブがある地として馴染みがある名前ですが、ドイツの多くの街がそうであるように芸術振興にも力を入れ、中心部に建つ現代アート美術館では、時代精神に即した様々な特別展が催されています。その美術館で2010年に「日常に於ける錬金術」と題するルドルフ・シュタイナー展とヨゼフ・ボイストニー・クレッグをはじめとするシュタイナー思想に影響を受けたアーティストの特別展「ルドルフ・シュタイナーと現代芸術」が同時開催されました。そこに2009年10月に始まり、大好評の為再度に渡って展示期間が延長されていたジェームズ・タレルの作品展が加わり、私はそれら3つの展覧会を同時に見ることが出来たのです。

2011年の四国アントロポゾフィー・クライス理事・研修旅行の際、シュタイナー展覧会はシュトゥットゥガルトで開催されていた為、参加メンバーはそれを観ていますが、そこにタレルの作品は展示されていませんでした。今回、四国アントロポゾフィー・クライスで香川・直島にあるタレルの作品を観に行くボート・ツアーが企画されていることを聞き、ここに当時の感想を記したいと思います。但しそれは、実際の芸術体験を思い起こした場合、殆ど何の助けにもならないことを前置きしておきます。

タレルのメイン作品『トータル・フィールド・ピース』は高さ11メートル、総面積700平方メートルの部屋を色と光を駆使して創造した、言わば『体験空間』です。部屋の三階部分に当たる高さに位置する入り口から色と光に包まれた空間の中に入り、そこからなだらかなスロープをゆっくりと下り1階部分に降り立つのですが、その空間に入る前に係りの人が小声で「空間内での会話は厳禁です。ゆっくりとスロープを降りていって下さい。しっかり目覚めた意識でいないと立っていられなくなる可能性もありますから注意して下さい」などと説明してくれます。靴にカバーを被せ、左右・前後・上下の輪郭が解き放たれ、遠近の感覚も異なった壮大な色空間にいよいよ入ってゆきました。

中に入った途端、一瞬にして藤色の光に包まれました。自分自身が色や光を見ているという感覚ではなく、まるで色そのものの本質の中に自分自身を見出すとでも言うような、今までになかった体験がまず私を感動させました。スロープを降りていく内に空間全体がゆっくりとマゼンダに変化していきます。天井、壁、床も全て同じ光で時間とともに自分の体も色光で充たされていくようです。体と空間の境界が消え去りひとつになったように感じます。ふと振り返って、入り口を見ると、その部分だけがエメラルドグリーンに輝いていました。――補色です――スロープを降りきった時には、空間全体がマゼンダから赤に変わっていました。このように、この空間では数分ごとにゆっくりと色が変化してゆくのです。その変化の際には色の壁が遠ざかっていくようにも感じ、天井が上方に、そして床が下方に広がっていくかのようです。空間の隅には「照明器具の都合につき、壁に近寄らず、手を触れないで下さい」と書かれているのですが、恐らく多くの人が壁に触って、三次元空間を確認したくなるのでしょう。



美術館長のブリューダリン氏は「境界がなくなり、平面が空間になり、次元がなくなり、無限となる」と語っています。タレルが意図したのは、長時間同じ色の中に存在し目覚めた意識で色彩を体験することを通して、次第に夢見るように光を感じることなのです。彼は更に「光を目で感じることは、色彩の空間に浸り、それとひとつになることだ」とも記述しています。「外的な光によって、肉体で感じ取ることのできる(色と光の)本質的なものは、同時に内的体験として生じる」……この現象をタレルは、『言葉無しの思考』と名づけています。

前方にはもう進めなくなったところで方向を変え平面をゆっくりと歩いていくと突然他の4人の訪問者が視界に入りました。それと同時に扉のない出口の枠が黄金色に輝いていました。それはつまり、青の補色です。あまりにも美しく、喜びと驚きをもってそちらへ足を運び、何かもっとすばらしい色彩体験に出会えるのではないかという期待を持ってその色の扉を通り抜けると、そこには突然、イスや通路などの様々な事物が視野に飛び込んできます。美しい色彩だけの、異次元空間から突然現実に引き戻されてしまいました。

美術館館長は、この作品の「インサイド・アウト」効果について語っています。「光空間を持続的に夢状態で体験すると、外的色彩空間が人間内部を洗い流し、内部が外部として体験される」と語ります。その際どのような認識内容と表象が現れるかは、人間それぞれの個人的体験と深く関わっているとタレルは記述しています。

私はシュタイナーがオイリュトミーのために望んだ光空間はこのようなものだったのではないか……という確信を持つに至り、近い将来、舞台と観客席が一体となってこうした光と色に包まれることを可能としたオイリュトミー劇場の実現を願い、タレルの『トータル・フィード・ピース』を後にしました。

四国アントロポゾフィー・クライスの直島ツアーに参加される方々がタレルの作品を通して芸術の本質と出会い、国を越えて感動を分かち合うことが出来るならば、それはとても素晴らしいことだと思います。

吉田恵美(オイリュトミー療法修士 ミュンヘン在住)
1960年宮城・石巻生まれ 青山学院女子短期大学臨床心理学専攻 1986年ミュンヘン・オイリュトミー学校入学 1989年ディプロム取得 1994年障害を持つ児童の為のアウグスブルク・シュタイナー学校の創立に関わり、その当時から同校で治癒オイリュトミーと一般オイリュトミーを担当 1996年からはミュンヘン・アレフ・アンサンブルのメンバーとしてヨーロッパ各国で公演 2007年春の国際オイリュトミー大会ではゲーテアヌム・大ホールにてシュタイナー・フォルムによるソロ音楽オイリュトミーを公演し大好評を博す 2008年春にゲーテアヌムで開催された第1回オイリュトミー療法士国際会議に於いては講師を務める 2012年秋、ボン近郊アラヌス大学にてオイリュトミー療法・修士号を取得 現在ミュンヘン・アントロポゾフィー協会理事 2006年ドイツ国籍取得
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1 件のコメント :

  1. 美と直観の世界ですね。光と色彩と空間から生命感覚があふれるような作品と思います。シュタイナーの黒板画から生まれたような気がしますね。

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