2012年12月13日木曜日

シュタイナー教育の不思議——ドイツの現場から



12月13、14日とミュンヘン西シュタイナー学校ホールで行われるオイリュトミー公演のポスター


文:吉田和彦
Text : Kazuhiko Yoshida
この3日間大雪に見舞われた南ドイツ。今日は快晴だが気温はまだマイナス4度。その真っ白になった道を走り私は今ミュンヘン西シュタイナー学校ホールでの3時間に及ぶオイリュトミー舞台プローべを終えて帰宅した。明日・木曜日とあさって金曜日の2晩、そこでは12年生全員によるオイリュトミー公演が催されるのである。メイン・プログラムはラフマニノフ作曲のピアノ曲・コレッリの主題による変奏曲。20の変奏曲に間奏とコーダ(終奏)が加わった大作である。その全曲を12年生の生徒たちが動きの芸術であるオイリュトミーを通して舞台公演する。9月に新学期が始まって以来、毎週月・水・金の午後2時から5時まで、生徒たちはこのオイリュトミー公演の為に準備をしてきた。そして先週と今週はもうオイリュトミーの授業しかないのだ。その時間を利用して舞台衣装も自分たちで縫い、照明のセッティングなども行い、街の商店にポスターを貼りに行く。

舞台で懸命に練習に励んでいる彼らを見ていると私はいつも不思議な気持ちに駆られる。というのも彼らは日本でいえば高校3年生。日本の高校3年生が受験を控えてどういう状態に置かれているのかは説明するまでもない。ところが彼ら12年生の頭の中には受験のことなど微塵も存在しない。少なくとも今は……。それどころかシュタイナー学校12年生の必修カリキュラムはオイリュトミー公演ばかりではなく、音楽発表会、演劇、年間研究発表と盛りだくさんであり、また多くの生徒が12年生の内に自動車免許を取得する為に教習に通うので、机に向かって勉強などしている暇がないのである。それなのにである。シュタイナー学校の進学希望者は私が知る限り問題なく大学に進学するのだ!しかもその多くが優秀な成績で……


日本とは違うドイツの大学受験制度

ドイツの大学受験制度は日本とは全く違う。こちらの大学は基本的にその殆どが国立大学であり、そのどこかの大学で勉強する為には全国で一斉に行われる大学入学資格取得試験に合格しなければならない。今まではこの試験の管轄が州ごとに分かれていて、難易度にも若干の違いがあり、バイエルン州で行われる試験が最も難しいとされているが、現在それを全国で統一しようとする動きもある。いずれにせよ、この試験は普通12年生か、1年遅らせて13年生の時点で受けるのが一般的であり、選択科目もふくめた8科目を受験することになっている。シュタイナー学校生徒の場合は、12年間の学校生活を終えると、進学希望者はその為に特別に設置された13年生クラスに入って、試験までの9ヶ月間、集中して受験の準備をする。

点数制度も日本とは違う。8科目の総合点から、最終的には1から6まで0,1刻みの成績がつく。最高成績は1で最低が6、例えば1,0から1,3までの1点台前半の点数を貰えればそれは最優秀な成績であり、エリート大学の医学部等に進学することが可能。何でも良いからとにかくどこかの大学のどこかの学部で学びたい場合でも、最低4,3の総合点を貰わなければならない。それ以下は大学進学不可である。日本のようにXX大学XX学部の試験を受けるのではなく、全国一斉試験を各々の居住区域で受けて、その成績次第で選択出来る大学や学部が決まるのである。


「ダメなようでも最後には何とかなってしまうのがシュタイナー学校の生徒!」

私がピアノのレッスンをしていたラウレンツ君もシュタイナー学校の生徒の一人だった。
小さい時からとにかくニコニコしかしていない明るい妖精のような男の子だった。(ちなみにシュタイナー学校の生徒たちは学校が楽しくて大抵の場合ニコニコしかしていないのだが……。)その彼が12年生になってしばらくしてから「僕は医者になりたい!」と言い出した。「それじゃ勉強が大変になるだろうからピアノを続けるのは無理かもね」と言った私に「いや、続ける!」と彼は答えた。それどころかミュンヘンで行われる著名ピアニストのリサイタルに私と一緒に出掛けることもあり、受験勉強のストレスなどは殆ど感じられなかった。その彼が今年の大学入学資格取得試験に1,3という優秀な成績で合格し、希望通り医学部進学を果たした。彼は今、伝統あるマールブルク大学に通っている。

しかし同じシュタイナー学校13年生の中に彼よりも点数が良かった生徒がいた。それはラウレンツ君と一番仲の良かったアンドレアス君。彼は1,2を取って名門オックスフォード大学への留学を決めた。そればかりではない。風の便りによると、北ドイツ・ハンブルク地区の大学入学資格取得試験での今回の最高得点獲得者がシュタイナー学校の生徒だったそうである。そう言えば数年前、オイリュトミー療法修士である私の妻が共に仕事をしているアウグスブルクの医者の息子がバイエルン州1番の成績でその試験に合格したが、言うまでもなく彼もシュタイナー学校で学んだひとりである。

通信簿に点数がつくことのないシュタイナー学校に於ける学びの世界では、絵を描きながらエポック授業を受け、彫塑や彫刻をし、オイリュトミー、演劇、音楽、朗誦などを通して舞台芸術を学び、機会あるごとに催し物を企画し、様々な社会・職業実習を経験し、海外との交換留学で半年ぐらいは故郷を離れ、いわゆる典型的な意味での勉学とはあまり関係がないかの様な印象を受ける。日本の教育しか受けていない私には時折、ドイツのシュタイナー学校の自由な校風が(言い方は悪いが)放し飼いの動物園のように感じることさえある。しかし生徒たちの中には確実に何か大切なものが育まれているのである。それがイザという時に強いシュタイナー学校生徒の武器となる。

年が明けると毎年ドイツでは青少年音楽コンクールが全国一斉に開催されるが、私はその時多くの伴奏依頼を受ける。来月には弦楽器ソロ部門が開催され私は7人のヴァイオリン、2人のヴィオラそして1人のチェロの伴奏をすることになっている。前回も私はヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ合わせて9人の伴奏を引き受けたが、その内6人が異なった年齢部門で第1位入賞、3人が第2位という好成績であった。1人を除いては、バイエルン州最高得点で第1位になったフローレンツ君を始め全てシュタイナー学校の生徒である。今回のコンクールではシュタイナー学校と普通高校の生徒が半々となった。皆才能のある若き音楽家たちだが、本番を6週間後に控えた現時点では普通高校に通う生徒の方がしっかりと練習してあるし、実際に普段の練習量も多いようだ。しかしコンクールが近づけばシュタイナー学校の生徒たちは底力を発揮して素晴らしい演奏をし上位入賞するであろうことは間違いない。今まで私は幾度となくそういう体験をしてきたからこれが言えるのである。しかもこのことはドイツにおいて一般常識だと言っても過言ではなく「ダメなようでも最後には何とかなってしまうのがシュタイナー学校の生徒!」というジョークまで存在する。


シュタイナー学校卒業生とシュタイナー学校以外の卒業生のその後の健康状態

そうしたシュタイナー学校の生徒たちがやがて世の中に出た時にどういう人間になっているのか? シュタイナー教育が後々の人生にどんな影響を及ぼしているのか? そうした数々の問いに対する答えを統計学的に整理した本が2007年に出版された。これはデュッセルドルフ大学教授・教育研究所々長ハイナー・バルツ博士とボン近郊アルフター大学教授・統計社会学研究所々長ダーク・ランドル博士がまとめた、その名もズバリ『シュタイナー学校の卒業生』という400ページ近い本なのだが、その中で上記2氏の他14名の博士、大学教授、医者などが、様々な観点からシュタイナー学校の卒業生たちの人生にスポットを当てている。例えばシュタイナー学校の卒業生がどんな職業に就いているか? どんな指標をもって生活しているのか? 信仰はあるのか? アントロポゾフィーについてどう思っているのか? どんな時間の過ごし方をしているのか? 自身が学んだシュタイナー学校のことをどう考えているのか? 等々、幾つかの項目に分けられたアンケート調査などによる統計が公表されている。その本の中でも特に面白いのが、3名の大学教授と1名の大学講師(いずれも医学博士)によってまとめられた健康調査で、そこではシュタイナー学校卒業生とシュタイナー学校以外の卒業生のその後の健康状態が比較されている。私は以前この情報を既に日本に紹介しているが、もう一度ここで触れておきたい。

この健康調査の章は7つに分かれていてそこに5つの比較結果が数字になって表れている。いずれの場合もシュタイナー学校以外の卒業生の結果はロベルト・コッホ研究所の調査に基づいており、それがシュタイナー学校卒業生の調査結果と比較されている。時間や紙面の都合上、この場でその全てを挙げることは控えさせて頂くが、幾つか目を引くものを紹介しよう。


健康調査結果は、対象や方法によって2つの異なる表に表わされている。まず最初の表はシュタイナー学校以外の卒業生866名とシュタイナー学校卒業生871名の比較である。




       シュタイナー学校以外の卒業生    866名 シュタイナー学校卒業生 871名 心臓の動脈障害    41名            4,7 % 14名            1,6% 糖尿病    41名            4,7% 19名            2,2% 関節や脊柱障害  226名         26,1% 78名            9,0% リューマチ    72名            8,3% 29名            3,3%


次に年齢層に分けた結果が表で示されている。1945年から1954年生まれのシュタイナー学校卒業生の数が少ないのは、第2次大戦中シュタイナー学校がナチにより禁止されたため、戦後はまだその復興期にあったからだと想像される。ここでは1982名のシュタイナー学校以外の卒業生と1123名のシュタイナー学校卒業生が比較されている。


  シュタイナー学校以外の卒業生 シュタイナー学校の卒業生  1938-   1945-   1967- 1942生     1954 生            1974生 (229名)           (914名)      (839名) 1938-   1945-   1967- 1942生     1954 生            1974生 (245名)           (226名)      (516名) 高血圧 41%               33%               9% 5%                 3%                5% 心臓の動脈障害 17%                 8%               1% 2%                 1%未満        1% 心臓発作   5%                 3%               1%未満 1%                 0%                1%未満 糖尿病 12%                 7%               2% 3%                 3%未満  2% 関節障害 57%               45%             13% 7%                 5%                3% 関節炎、リューマチ、脊柱障害 19%               17%               6% 3%                 4%                2% 癌   6%                 5%               2% 1%                3%                 2%








どちらの表を見ても何故シュタイナー学校卒業者の方が全体的な健康状態が優位であるのかという問いが生じる。ここで忘れてはならないのは、シュタイナー学校に子供を入れるような親は、その子供が生まれた時から周りの環境、食べるもの、医療などに細かな気を配っているということである。有機農法や無農薬の食事、合成繊維を使わない衣服、テレビのない環境、木のおもちゃ、アントロポゾフィー医学を中心とした自然療法など、そうした恵まれた環境の中で乳幼児は育つ。大抵の親は予防接種などにも非常に敏感である。実は私は今日午前中のオイリュトミー舞台プローべが始まる前に12年生たちに「君たちは予防接種をしたことがあるのか?」と訊いてみた。4分の1の生徒は18歳になる今日まで予防接種というものをまだ1度も受けたことがなかった。だから本当の意味で健康でいられるのだと私は思う。そうした環境に包まれた子供たちがまずはシュタイナー幼稚園に入りそこで最初のオイリュトミーを体験し、そしてシュタイナー学校に進む。


どんな職業に就く親が子供をシュタイナー学校に入れるのか?

『シュタイナー学校の卒業生』の本にはどんな職業に就く親が子供をシュタイナー学校に入れるのかというテーマについても触れている。父親の例をあげると、自身も教師である場合が一番多く、2番目がなんと技師である。世界的に権威のある会社で管理職などの立場にあるコンピューター技師でも自分の子供にはコンピューターのないシュタイナー学校で教育を受けさせたいというのが大方の意思であるということを私も普段から良く耳にする。技師の後は商社マン、会社社長、医者・薬剤師、会社員・従業員、弁護士、そして芸術家と続く。ミュンヘン西シュタイナー学校の場合1クラス平均の生徒数が38名、それが12学年あるので約450名程の生徒が在籍する。その中で兄弟姉妹関係にある子供も多いので、この学校に子供を通わせている世帯数が220位であるとする。その中で父親がオーケストラの指揮者として生計を立てている家庭が少なくとも4世帯あるし、ミュンヘン・フィル、バイエルン放送響、国立オペラ劇場などのオーケストラに父親か母親が在籍している生徒も少なくない。数年前にはミュンヘン東シュタイナー学校の保護者名簿に指揮者のロリン・マゼールが名を連ねていたし、ドイツの名バリトン歌手であったヘルマン・プライの孫は現在ミュンヘン西シュタイナー学校の生徒である。

『シュタイナー学校の卒業生』に記述されているその他の興味深い内容については、またの機会に紹介出来ればと思うが、最後にもうひとつだけ、ある話を伝えたいと思う。


オスロでの銃乱射殺人事件とこれからの希望

昨年の7月にノルウェー/オスロ近郊のウトヤ島で悲惨な乱射殺人事件が起こり、69人もの若い命が散ったことは記憶に新しい。しかし、その犠牲者追悼式に於いてノルウェー首相イエンス・ストルテンベルグは「今回起こったことはいまだに我々を震撼させている。だが我々は自身の本質的価値を失ってはならない。今回の悲劇に対する我々の対応は、より多くの民主主義、寛容さ、そしてヒューマニズムであり、ただ悲嘆にくれることではない」 と語り、悪や考え方の違いを単に報復によって罰するのではなく、全てに対して心を開いて理解していかなくてはならないことを主張し、多くの人々に感動を与えた。更に「たった一人の人間がこれだけの憎悪を表すことが出来るのだったら、私たち一人一人が共に力を合わせた時にどれだけの大きな愛をもってその憎悪に向かい合うことが可能だろうか!?……と語った社会民主党青少年部に所属する少女の言葉を引用し、より深い感銘を与えた。こんなに素晴らしく人間愛を説くことの出来る国家首相の存在に喜びを覚えたが、彼こそ義務教育期間の9年間をオスロのシュタイナー学校で学んだ人物なのである。

20113月の東日本大震災とそれに伴う原子力発電所事故を機に隠された問題が再び露呈した日本で、表面だけではないシュタイナー教育の本質を多くの日本人が理解し、それを広めてゆくことが出来るのであれば、どれだけ日本が救われることになるのだろうか!
それを予測する上で、四国にも早くシュタイナー学校設立の気運が高まれば……と、私は願って止まない。


2012年12月12日記

吉田和彦(音楽家 在ミュンヘン)
1960年東京・中野生まれ 国立音楽大学ピアノ科を優秀な成績で卒業後、ミュンヘン・オイリュトミー協会の招聘により1984年渡独 以後ドイツはもとよりヨーロッパ各地において演奏のみならず作曲・教育・講演等の分野で活動 仕事の傍ら6年間に渡りクラウス・シルデ教授に師事 2006年ドイツ国籍取得 現在ゲーテアヌム朗誦・音楽部門やキリスト者共同体・儀式音楽委員会などの中心メンバーとして活躍 四国アントロポゾフィー・クライスでは創立前より助言者として協力している
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