2012年12月31日月曜日

光と色彩:竹下哲生

ベルギーの首都ブリュッセルの夜 Foto: Romain Ballez



少しでも色彩に興味がある者は、光に対して無関心ではいられない。

アメリカの発明王、トーマス・エジソンによって電球が発明されたのは1879年のことだと言われているから、それ以前に人類は電気による光源を知らなかったことになる。我々は太陽から来る光を「自然光」と呼ぶことに慣れているが、電気による「不自然な」光が一般的なものとなるまでは人工の光と「自然な」光を区別する必要も無かったのだ。確かに、文明開化の象徴と言われたガス灯の歴史は電球のそれよりも一世紀長いし、蝋燭やランプは紀元前から知られている。しかし、それらは飽くまでも「火」であって、「光」の要素は余り強くない。何れにせよ永い人類の歴史に於いて、太陽以外の「不自然な」光源から色彩が生じるようになったのは、最近のことである。そして色彩について考えるとき、光源についても考察しなければいけない状況もまた、現代特有の問題であるといえる。


日本の家庭ではネオンの下で食事をすることさえ「普通」なのだということを彼が知ったら、どんな顔をするか楽しみだ

トンネルの中に入ると、それまでの色彩が掻き消され、全てが黒とオレンジの濃淡だけの世界に変えられてしまう、という体験は誰にとっても身近なものだろう。これは排気ガスなどで視界の悪いトンネル内での視認性を高めるために、一般的な照明ではなくナトリウム灯を設置しているために起こることなのだが、この照明器具を住宅に設置しようという物好きはいないだろう。ナトリウム灯の下では赤も青も存在しない。そんな世界で行われる家族の時間が快適なものであろうはずも無い。しかし、これと同じくらい風変わりな光景を、日本の家庭では比較的「普通に」見ることが出来る。それは、食卓を照らす青白い蛍光灯の光である。

果物が熟して食べごろになると赤みを帯びてくるように、食品は概して赤みを帯びている。だから自分が作った食べ物から少しでも「美味しそう」という印象を持ってもらいたい者は、赤みを帯びた照明で食品に光を投げ掛ける。清潔感や軽やかさを強調するケーキ屋のような例外を除いて、外食産業では基本的に赤みを帯びた光源が用いられている。単なる食品の温かさではなく、家族団欒の暖かい雰囲気が求められる家庭の食卓で、食欲をそそるような赤みを帯びた食品を、蛍光灯の光でわざわざ青褪めた色に変えなければならない必要性が、どこにあるのか理解に苦しむ。

日本では、余りにも多くの人が食卓を蛍光灯で照らすことに慣れてしまっているので、そのことをそれほど問題だとは思わないが、欧米人の目から見ればそうではない。以前ドイツから客人を招いたときのことなのだが、食後に少し休憩をしたいと言い出したので、荷物置き場として確保していた静かな部屋に彼を案内した。そこは市民会館の「講師控え室」のような部屋で、二十帖ほどの広さで窓は無く蛍光灯が唯一の光源だった。彼は、その部屋を既に知っていたので、説明すると「ああ、ネオンの部屋ね」と言って露骨に嫌な顔をした。少なくとも彼にとっては、窓の無い蛍光灯の部屋は「少しゆっくりする」ことに適していないのだろう。それ以上会話が展開することは無かったが、日本の家庭ではネオンの下で食事をすることさえ「普通」なのだということを彼が知ったら、どんな顔をするか楽しみだ。


無愛想な「部分」か、陰影のある「街並み」である「全体」か

蛍光灯の光に対する嫌悪感は、決して欧米人特有のものではない。今年の春に開業した東京スカイツリーの照明デザインを担当した戸恒浩人氏は、小学生時代に父親の仕事の都合でベルギーに住むようになったのだが、そこで彼はベルギーの「夜の美しさ」に驚いたそうだ。何故なら、それまで彼は日本で白くて平坦な夜しか見ていなかったからだ。戸恒氏の幼少期の体験は、既に述べたネオン嫌いのドイツ人と同じ問題を物語っている。

日本の夜の街並みで照らし出されているものは主に広告、エゴイスティックに自らの企業を誇示する為だけに作られた看板なのではないだろうか。それは平坦な看板に照明が当てられている場合もあれば、ネオンによって看板そのものが様々な色に発光する場合もある。対して戸恒氏がベルギーで見たものは、暖かみのある光によって照らし出された陰影のある「街並み」だったはずだ。日本で目にすることが出来るものが無愛想な「部分」ならば、ヨーロッパの夜に目にすることが出来るものは「全体」ということも出来るかもしれない。何れにせよ、どちらが美しいのかは考えるまでも無い。


光が上から来るべきなのか下から来るべきなのかについて考えることは無駄ではない

ベルギーに限らずヨーロッパの街並みを見てすぐさま気がつくことは、「壁」という要素が建築的に大きな意味を持っているということである(逆に日本の伝統建築に於いては屋根のフォルムが最も重要な建築的要素であり、壁はそれほどでもない)。そして歴史的な建造物、即ち夜にライトアップされるような優れた建築物は、例外なく壁に彫刻的な要素を持っている。「彫刻的な要素」というのはヨーロッパの公共建築などで良く見られるコリント式の柱頭もそうだが、「街並み」の中でよく見られるのは窓枠の彫刻的装飾や壁に於ける窓そのものの配置、積んだ石材の目地をデフォルメしたような装飾がそれである。「ライトアップ」という和製英語が表現しているように、夜の照明は下から上に向けられている。自然光は必ず上からやってくるので、ライトアップされた街並みは必ず昼間とは異なる陰影を見せる。

ここで興味深いのは、夜の間に太陽の光は確かに下から遣って来ているという事である。もし地球が透明な実質で出来ていたならば、西に沈んだ太陽は時間の経過と共に北へ向かい、我々を下から照らすようになる。無論地球は透明ではないので、地球の反対側の地表が止めてしまった光を人工的に作り出すことになる。そのとき人工的に作られた光が、上から来るべきなのか下から来るべきなのかについて考えることは無駄ではない。何れにせよ、宿泊客に快適に夜を過ごして貰いたいと願うホテルに、照明を天井に付けている客室は無い(一般的にホテルの客室には壁灯と枕元の照明しかなく、天井に照明がついているのは姿見の前、即ち昼間の自分を確認する位置だけである)。


「影」を作るために用いられる「光」と、「闇を消す」ために用いられる「光」

話を戸恒氏が見たベルギーの夜に戻そう。彫刻的要素を壁に持った建築物は、下から照明を当てられることで昼間とは異なった様相を呈する。既に存在している彫刻的な要素は、光によって新しい陰影が出来ることで変化する。それは、光による彫刻だと言うことも出来るかもしれない。それは自然光には不可能なことで、「不自然な」人口の光源だからこそ可能なことでもある。そこでは「影」を作るために「光」が用いられているのだ。

しかし、これと全く逆のことをしているのが陰影を消して全てを平坦に見せる蛍光灯の青白い光である。何故なら現代の日本家屋に於いて照明は、「闇を消す」ために用いられているからだ。家屋に限らず、日本では照明を付けると部屋の中心も周囲も一様に明るい。戸恒氏はヨーロッパの夜を「美しい」と言ったのに対して、日本の夜は「白い」と表現した。これは一方では無愛想な青白い蛍光灯の光を指しているのだろうが、他方では陰影の無い平坦な夜を意味しているのだろう。白い世界には色彩が無く、また形態も無い。そんな世界が美しいはずも無い。

こうした現実を理解するならば、西洋美術史について考察してみることも興味深い。19世紀の半ばにチューブ入りの絵の具が開発されたことが、後に「印象派」と呼ばれる画家を屋外へ駆り立てたことは有名だが、既に述べたように大西洋の向こうでは丁度同じような時期に「不自然な」光が発明されていたのだ。詰まり彼らは、未だ見ぬ人工の光から逃げるように、自然な光を求めて屋外へ向かったのだ。言葉を変えるならば人類は、夜を明るくする科学技術と共に自然光の素晴らしさを理解する感性も同時に手に入れていたのだ。
科学技術しか持たない者は、夜を青白く平坦なものに変えることしか出来ない。芸術的感覚を持つ者は、夜を明るくすることが怖くない。

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NHK 課外授業ようこそ先輩 戸恒浩人(照明デザイナー)
http://www.nhk.or.jp/kagaijugyou/archives/archives391.html


Text:

竹下哲生 Tezuo Takeshita
1981 年香川県生まれ。2000 年渡独。2002 年キリスト者共同体神学校入学。2004年体調不良により学業を中断し帰国。現在自宅で療養しながら四国でアントロポゾフィー活動に参加。訳書『キリスト存在と自我〜ルドルフ・シュタイナーのカルマ論〜』(SAKS-BOOKS)、『アトピー性皮膚炎の理解とアントロポゾフィー医療入門』(SAKS-BOOKS)



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