2012年7月20日金曜日

精神科学的に石灰を観る。『夏期における石灰の内的性質とその考察 8.29』

外的に観察する限り・・・冬の石灰と春の石灰の間に注目すべき違いは無いでしょう。しかし・・・観察に於いて遥か宇宙へと出て行くとき初めて、石灰のメタモルフォーゼが姿を現すのです。
Rudolf Steiner Dornach, 7. Oktober 1923

自分の体であれ食器であれ、汚れたものは水で洗う。水には洗浄する力があるからだ。ところが、きれいな水しか入れていないにも関わらず、しばらく使っているとポットの内側が白く汚れてくるのは不思議だ。これは、いわゆる「水アカ」と呼ばれているもので、水に溶け込んだ石灰成分が固まったものだ。そもそも水から出てきたものだから水で洗うことは出来ないし、油脂ではないから石鹸や洗剤で溶かすことも出来ない。だから硬いもので削るとか酸で溶かすなど、いつもとは少し違う洗い方が必要になってくる。

汚れとしては厄介だが、運動場に白い線を引くために我々は石灰を使う。また誰もが学校の黒板にチョークで落書きをしたことがあると思うが、これも石灰だ。日本の古い町並みで漆喰の白壁を見かけたならば、それは石灰によるものだ。そして現代に於いて建築資材として極めて重要なコンクリートもまた、砂や砂利を石灰で固めたものだ。そして建築物が石灰によって支えられているように、人間を支える骨格もまた石灰なのである。動物の骨に始まり貝殻や珊瑚など、生命活動から排除されるように凝縮された白いものは、全て石灰ということが出来る。

農業や園芸では酸性化した土壌を中和させるために石灰が撒かれることがあるし、そもそも大地が石灰岩から出来ていることもある。すでに述べたように、石灰は水に溶ける。だから石灰質の岩盤に地下水や雨水が浸透すると、何万年もかけて水は大地に穴を開ける。そして水に溶けた石灰成分が再び堆積することで、鍾乳洞のあの独特なフォルムが生じる。水が石を溶かし、溶かされた石があの独特なフォルムを作るという自然の驚異を信じられない者は、何十年もポットを洗わずに使い続けるといい。きっとポットの内側は鍾乳洞のようになるだろう。

このように、我々の生活の中では到る所に石灰を見出すことが出来るのだが、ルドルフ・シュタイナーによると冬の石灰と夏の石灰は本質的に異なるという。冬の石灰は内的に満足しているのに対して、夏の石灰は渇望から落ち着きを失い、活性化しているというのだ。そんな落ち着きのない夏の石灰を見に、石灰岩の採掘場へ行ってみたいと思う。



2012年8月29日(水) 11:00 - 12:30

佐川地質館 高知県高岡郡佐川町甲360 ☎ 0889-22-5500
Price 1,000 yen(入場料 300円込)


お申し込み ≫

お電話でのお問い合わせ  ☎ 080-1428-8838 小畑奈穂子 迄

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